お腹が痛い。心臓が痛い。息苦しくて、のどはからから。あの光を見るまで何にも集中できっこない。のに、なぜか右手は方程式を解き続けていた。軽快に。
シャーペンと交替で携帯を握りしめている。たった22時間。たったの、にじゅうにじかん。声にして自分に言い聞かせても理解するのはうわべだけ。
底抜けに明るい音色と、青のランプ。喜びの証から遠退いてる。
なにかいけないことを書いた? 会いたいなんて焦りすぎだった? それとも気まぐれかしら。忙しいのかしら。みっつめよっつめであることを祈るけど、……22時間も?
12バイトで幸せになれる。
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ゆめみたいにうれしかった。
いつもはシャイで接触をきらうあなたがわたしと腕をからませ、てのひらをあわせてにこにこしながら川原を歩いている。水面はひっきりなしに光を反射し、おだやかに吹く風に形をあたえた。足もとの砂利や小石がわたしたちのバランスをくずしにかかるけど、かえって二人の距離が縮まる。空にはちいさい鳥が二羽、画用紙の塗り残しのような白さで飛んでいた。あなたはわたしの一歩先を、ほそい髪を空気にのせながら進む。わたしはそのタンクトップからのぞく鎖骨をひとさしゆびでなぞった。あなたはとたんに顔を赤らめて、少年ぶったポーカーフェイスからあどけない少女の面持ちにもどる。わたしはたえまなく湧きあがるかつてないほどのいとしさに胸をつぶされそうになりながら、あなたにふたことみこと耳うちをした。
つぎの瞬間、青空は無機質なベージュの天井に、わたしたちを照らしていた太陽は蛍光灯にかわる。うつむくと砂利道ではなく教室のタイルの木目が目にはいった。
「おはよう」
そしてただひとつ動かず揺るぎない、あなたの落ちついた声。返事のかわりに小指をとってくちづけると、夢のなかで見たのとおなじ、あのしおらしい表情をくれた。
わたしのしあわせは爽快な天気やきれいな景色のなかにあるのではないと、あらためて心から思う。
うわべだけの関係は果てしなく疲れる。思ってもいないお世辞を口にして「とりあえず同意」の原則に従い、相手の機嫌をとるためにあれこれ画策して神経を磨り減らす。しかもそれが嫌いな相手だったりするとまさに百害あって一利なし、生産性ゼロ、悪循環。
私はアスカが大嫌いだ。ひとのプライベートゾーンにも大きい顔をして踏み込んでくる。親しき仲にも礼儀あり、ってことを知らない。ものすごい差別意識があって、強烈な「関係者以外お断り」の空気を作り上げる。「関係者」であるみんなはちやほやされて騙されちゃってるけど、私はいつまでたってもあの性格を受け入れることができない。
なのに縁を切れないのはどうしてなんだろう。
「ミサ、プリント見せて!」
終業チャイムと同時にアスカが後ろの席の私を振り返る。いいよと答えるより先にそれは彼女の手の中にあった。
「また寝てたの」
「数学の授業なんかくだらなくて受けてらんねーし」
そのくだらないものに、クラスの大半の人間は向き合っているんだ。こういうデリカシーに欠けるところも極度に不真面目なところも気に入らない。
「ありがと」と答えを移し終えたアスカがペンを置く。「助かった! ミサ大好き!」
「脈絡ないよ……」
誰かがアスカの名を呼んで、私の前の色がすっと褪せる。大好き? 誰が、誰を?
人間なんてややこしいだけだ。本音を持っているその意味を私には見つけられる?
嘘で繋ぎ止められること、真実で断ち切られること。足もとがおぼつかない私たちに選択の余地はない。
眠りはみじかい死、らしい。
つぐみは確かにあたしのとなりで横になっている。触れられる距離。腕に寝息がかかるくらいの、距離。今、彼女のいちばん近くにいるのはほかならぬ自分だ。
だけど意識は限りなく遠い。夢の世界にいるつぐみはあたしのことなど眼中にないだろう。
つぐみの右手を握る。頬をなぞる。どうしようもない気持ちが喉元まで押し寄せてくる。あたしはまた彼女ににひとつ隠し事を作る。彼女は怖いくらい無抵抗で、泣けた。泣いて後悔した。後悔するのにも疲れて、目元が乾かないうちに眠った。唇にのこる感触を恨みながら。